2019年04月01日

平和委員会の活動で国際平和ミュージアムへ行ってきました。

3月17日の日曜日、みえ民医連の平和委員会主催のイベントで京都の立命館大学国際平和ミュージアムまで見学に行ってきました。
なぜ行くことになったって?職場にそのチラシがあったので、民医連職員としては平和に関する知識を深めないといけないでしょう!ということで参加することにしました。
ま、暇だった、というのが一番の理由かもしれませんけどね。

津からは津生協病院の職員が合計4人で参加、そのほか伊勢や四日市・桑名からの参加者も現地で合流しました。
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こんな外観の施設です。
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この施設は、京都では夏の間戦争展をずっとしていたそうなのですが、常設展も必要だよね、となった時に立命館大学がその敷地内に作りましょうと手を挙げてくれたそうです。
今年で創立27年と言っていましたかね?

中に入るとホールがあり、その左右には金と銀の火の鳥のレリーフがありました。
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こちらは下を向いていますよね。過去の人々を心配そうに見守っている姿だそうです。
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こちらは未来見向けて上を向いている様子だそうです。
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これは「ムッちゃん」の像です。
結核のために防空壕に一人取り残され、戦争が終わったことも知らされないまま亡くなってしまった方の像だそうです。

さて、これからの説明はボランティアさんたちが担当してくれているとのこと。
私たちは2つの班に別れ、それぞれに1名付いてくれました。こちらの班の説明を担当してくれたのは、自身も戦争で出兵していた方でした。ご兄弟4人の内、2人は戦死されたとのことでした。
ちょっとそんな自己紹介に驚きながら見学に進んでいきました。

展示物は写真撮影不可だったので写真はありません。

まず地下1階に降ります。
ここには15年戦争の展示と現代の戦争の展示がありました。
15年戦争は満州事変があった1931年から、太平洋戦争が終わった1945年までの約15年の間のことですね。
陸軍の歩兵として、30kg背嚢(リュック)を背負い、1日24kmを移動していたとか!
それぞれに識別標を付けていたおかげで、戦死されたご兄弟の遺骨が10年もしてから帰ってきた、など、実体験に基づいた貴重な話を聞くことができました。

現代の戦争の展示では、核兵器、生物兵器の解説や最近の紛争について展示がありました。
そういえば、太平洋戦争の後、日本が復興できたのは朝鮮戦争があって、その特需のおかげだったんですって!
戦争のせいででぼろぼろになり、戦争のおかげで復興できた、というのも認識しておく事が大切ですよね。

さて、次は2階に上がりました。
ここでは「平和をもとめて」をテーマにしています。
現役の大学生が解説をしてくれました。
平和な世界とは、単に戦争がない状態ではなく、皆が安心して暮らせる世界 夢や希望を叶えられる世界 ということを教えてもらいました。

なかなか2時間ぐらいでは咀嚼しきれませんね。また訪れたいなと思いました。
2019年度は日曜日が休館日となってしまうとのこと。土曜日か、祝日は開館日なので、皆さんもいかがですか?
ホームページはこちらです

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参加者で記念撮影を行い、ミュージアムを後にしました。

さぁここからは津からのメンバーでお昼に行きました。
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おいしいイタリアンで良かったです。
posted by 広報委員 at 23:17| Comment(0) | 企画紹介・報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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